「実習の事前学習として認知症を領域とした文献をもとに対象者の思いと課題、必要な支援を論述する。」
まず当時50代独身の方が80歳の母を一人で介護した「母さんごめん」という文献について論述する。
偶然にも現在の私の年齢と母の年齢も同じであり自分のことのように感じつつもどのよな介護が必要か学ぶきっかけになっている。
まず大きな問題だったのは、介護制度の存在を知りつつも、認知症の親の介護を一人で
背負う意識が強かった点が上げられる。
デイサービス・訪問介護を利用していたが、基本的には料理や洗濯などの家事に加え排泄介助を男性1人で行っていた。親の介護をする義務感や責任感が強く、なんとか介護を行うもストレスから帯状疱疹など体への負担が大きく、徐々に精神的に追い込まれ負の感情に心を支配されていく。
その極限状態から「死ねばいい」という思いが芽生えてしまう。最終的には、母親との口論の末に手を挙げてしまい。改めて息子として親を介護する限界を自覚し離れてくらす兄弟やケアマネージャーに相談されている。
その結果、介護施設に入所が決まり、徐々に公的介護支援制度を使う事が母親と自分との良い関係を築くと改めて理解されている。
課題と支援方法の両方の意味として、初動の時点で地域包括センターを利用し介護認定調査がスムーズに行われれば、利用者や支援者の負担が軽減される。結果的に介護虐待、介護殺人など悲惨な事件を回避することにつながると考える。
次の文献は「ボクはやっと認知症のことがわかった」著者は長谷式簡易知能評価スケールを作られた長谷川和夫氏である。専門家自身が認知症になり、貴重な認知症の当事者ととして3つの課題を与えてくれる。
第一に認知症は「不変的なものと思っていたら日によって良くなったり、悪くなったりグラデーションがある」と語られている。そして周囲も「何も分からなくなってしまった人間」と一括りにしないでほしいと説明している。核家族の多い現在では祖父祖母と暮らす人は少数派である、よって偏見や先入観で認知症を見る可能性は高い。課題は能力を決めつけないことである。支援は本人らしさが残せるように行う。本人らしさとは過去の生活様式や価値観を尊重しつつ能力の温存と健康をサポートすることではないかと考える。
第二の課題は「認知症の方は、上手く話せないにしても聞こえているし嫌な思いや感情は深く残る。認知症の人が何も言わないのは必ずしもわかっていないからではない」と理解することである。前述の嫌な記憶が深く残ることから優しい声掛と笑顔で支援を行う必要がある。笑顔は認知症の方に安心を与える。
第三の課題は、役割を奪わないことである。支援方法としては、台所仕事が得意なら台所の役割、大工仕事が得意なら大工仕事の役割など得意分野で役割を担って頂き、感謝の言葉をかけることである。人は何かをして感謝される時、自分の存在価値を感じる。認知症の方は、やりたくてもできない自分にストレスを感じる時がある。自分に役割があり感謝されることは、認知症の症状があっても喜びや尊厳につながるのではないかと考える。
最後に認知症を若い世代に知って頂くために義務教育の授業で一回でも二回でも認知症の教育をして家庭レベルでの対応の向上や困った時にどこに頼るのかなど進めておくと高齢者社会の足場作りの一つになるのではないかと考える。
以上、二冊の文献から対象者や家族の思いと課題と必要な支援を論述じた。
参考文献
書名
「ボクはやっと認知症のことがわかった」
著者名 長谷川和夫 猪熊律子
出版年 2019年12月27日
出版社 株式会社kadokawa
書名 「母さん、ごめん。50代独身男の介護奮闘記」
著者名 松浦晋也
出版社 日経PB社
出版年 2017年8月7日
「実習の事前学習として認知症を領域とした文献をもとに対象者の思いと課題、必要な支援を論述する。」
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